
私はこの風景を創るために多くの自己犠牲をはらい、
人の人生を巻き添えにしてきた。しかし、やってきて
よかったと思っている。
京浜運河ではあるが海の側に集合住宅が建つ風景は
私が横浜ポートサイド地区のプロデュースをし、
公団住宅「アルテ横浜」を実現するまで日本には
あり得ない風景だった。
この風景のために決めたルールは下記のようなものである。
1:この地域を工業、倉庫などの用途地域から住居、商業が可能な地域にしなければならなかった。このためには建設省(現在国交省)の若手が頑張った。
2:できるだけ水際に集合住宅が可能なように、水に表を向けるように計画を誘導していかなければならなかった。このために横浜市の港湾局の若手が頑張り、都市計画局長が積極的だった。
3:この街に「アート&デザイン」というテーマを与え、事業者の利益を考えて、文化容積制度を創りアートや文化に建物の一階を提供するか、街に彫刻、壁画などを提供することで100%容積のボーナスを与えたのである。
4:建物がストリートに平行して立つように基壇を街路に平行させ、近接させるとともに、3階以上でセットバックさせ、最上階が平坦にならないよう、個性的なスカイラインのデザインを義務づけた。
5:色彩のポリシーを決めマイケル・グレイブスの巨大な壁画で街の色彩を示唆した。この企みは完全に実行されている。

この壁画(マイケル・グレイブス)も、歩道橋(エットーレ・ソットサス)も私の執念のプロデュースで実現したものである。